私が市議を目指した理由
ー たくさんの人に「安心」を届けたい ー
私は幼い頃から動物が大好きで、家族として迎え入れた猫たちと過ごす中で、命の尊さを深く感じてきました。
現在はフレンチブルドッグのオス、ROAIG(ロイグ)と共に暮らしています。彼らは私にとってかけがえのない家族であり、癒しや安心感を与えてくれる存在です。
この「命の大切さ」を強く感じてきたことが、私が消防士・レスキュー隊員を志す原点となりました。


子どもの頃から体を動かすことが得意で、父が少年野球チーム「岸和田ストロングス」の監督をしていたこともあり、小中学生時代は野球に打ち込みました。
(中学時代は「オール岸和田」)
エースで4番として活躍していましたが、高校に進むと個人競技に惹かれるようになり、日本最古の格闘技といわれる日本拳法を始めました。全日本選手権で個人有段の部3位となり、複数の大学から推薦をいただきましたが、私は大学進学ではなく、消防士の道を選びました。

その背景には、オール岸和田時代にお世話になったコーチの存在があります。
そのコーチは岸和田の消防士であり、「お前みたいなデブは消防士になられへん」と言われたことが、私の闘志に火をつけました。 — 絶対に消防士になってみせる —
そう強く決意し、ダイエットのために始めたキックボクシングを通じて体を鍛え、消防士になりました。
痩せるために始めたアマチュアキックボクシングですが、試合で優勝を重ねるうちにプロの団体から声がかかり、プロでも挑戦したいという気持ちが膨らみました。
そして、K-1系列のKrushでプロデビューをし、ISKAのチャンピオンとなることができました。
また、パーソナルトレーナーとして都内3ヶ所のジムで指導し、多くのお客様が健康を手に入れ笑顔になっていく姿を目にし、人の人生をより良い方向へ導くことの喜びを強く感じるようになりました。

そして、私の人生のターニングポイントとなった出来事のひとつが、2011年の東日本大震災です。私は消防士として、岩手県大槌町に災害派遣されました。そこでは多くの尊い命が奪われ、津波によって町全体が壊滅的な被害を受けていました。原型を留めない家屋の数々で生存者の捜索をする日々。
その光景は今も目に焼き付いています。

これまでの人生で、私は多くの人の笑顔、そして悲しみに出会ってきました。
そうした経験を経て、「自分には今よりもっと多くの人のためにできることがあるのではないか」と考えるようになりました。
そんな中で、南海トラフ巨大地震の発生リスクが高まっているというニュースを目にし、私が生まれ育ったこの岸和田で、私の知識と経験を活かせる時が来たと強く感じました。
命を守る仕事をしてきたからこそ、そして多くの笑顔に支えられてきたからこそ、今度は私がたくさんの人に「安心」を届けたい。
岸和田の皆さまが安全に暮らせるよう、私は防災強化に全力で取り組みます。